2008年11月17日

ニセ科学を信じることを許してはならないか?

私もわからんです。」 この記事から始まりコメント欄を経て

ニセ科学の見方」 新たに返答をいただいたので、その続きから。

"「効果がある」という主張そのものが、「効果の実証」を含意する"ということについては理解できたと思います。また、針治療についてのTAKESANさん解説も大変参考になりました。
しかし、やはりニセ科学と未科学を見分けるのは、なかなか難しいですね。
それでも、少しは理解できたと思います。

特に下記の記事では、

しかし、「ニセ科学」とそれ以外のものを見分けることが多くの人にとって本当に可能でしょうか?

当然不可能です。不可能であるから、実はニセ科学というものがあるのだ、と周知しようと試みている訳です。重要なのは、「専門家」や「科学者」がニセモノを広める、という事なので、それを知らせているという面があります。


「実はニセ科学というものがあるのだ、と周知していく」ことの重要性について改めて気づかせていただきました。



その上で、まだ疑問が消えないことについて書かせていただきます。
当初の記事に書いた

『批判している人たちの中にだって、擬似科学と無縁な人なんてそうそういないんだから、「信じて行動することで他人に対して危害を加えてしまう」とか、本当にやばそうな擬似科学にさえ引っかからなければそれで良いんじゃないかと思うんだけどなぁ。』

についてです。
(疑似科学ではなくニセ科学に用語を修正しようかとも思いましたが、引用なのでそのままにします。)

でも、ニセ科学に対する批判というのは「"ニセ科学を信じること"そのものが問題だ」という批判だと思います。
「実害がなければ、別に信じてても良いんじゃないの」という話ではないようですし。


一行目。

信じる事はすなわち、ウソを本当だと信じる事なので、それは問題だと思います。要するに、科学ではこうなっているのに、科学では「こうでは無い」と言っている人がいて、それを信じ込む人がいる、という話ですよね。

二行目。

これはよく解らないのです。実害がある/無い をどう分けるか、という問題もありますし、ニセ科学は偽札を本物だと言ってばら撒くようなものなので、それ自体批判の対象となります。偽札を掴まされた人は、本物だと信じて店で使うかも知れない訳で。個人で信じて他者に全く影響を及ぼさない、という状況が、かなり珍しいのではないかな、と。他者と交流せずにニセ科学を信じる、というのが果たして現実的にあり得るのかどうか…。


とすると「ニセ科学を信じる」というこに対して、いかなる寛容さも許すべきではないということでしょうか。

どうも私には、最近「ニセ科学への批判」ではなく、「ニセ科学を信じる人」や「ニセ科学を信じる人(こと)へ寛容さを示す人」を一切許さないというような批判が増えているように思えて、そこに違和感を感じるのです。

もちろん「ニセ科学批判への批判」は反論しなければならないとものだと思いますが。

しかし、そこまでニセ科学や、それを信じている人に厳しく当たらねばならないものなのでしょうか、 実害の有無や、被害の大小にかかわらず。

そもそも田崎教授が水からの伝言に対して批判を行われたのは、影響力が大きい教育の場でニセ科学が使われるという"実害"の大きさに危機感を感じたからではなかったですか?

水は答えを知っている

私はいわゆる「ニセ科学」の類にはどちらかというと寛容な方なのだが、「水からの伝言」が小学校での授業に用いられているということを知って、つよい衝撃を受けた。このような動きは、教育への大きな脅威であり、決して認められないことだと考えている。科学者、教育者として、というより、一人の人間として、そのようなまちがった教育が広がっていくことを食い止めるために、何かをしなくてはならないという思いを抱いている。

「水からの伝言」を信じないでください

「水からの伝言」を固く信じている人たちには、そうするだけの理由があるのだと思います。また、「科学的事実がどうかという問題ではなく、自分は、信じたいから信じている」という人たちもいらっしゃいます。こういった人たちは、そもそも、私の書いたものなど読まれないでしょうし、たとえ読まれても不快に思われるだけでしょう。私は、そのような確信をもっている人たちの考えを、容易に変えられるなどとはまったく思っていませんし、あえて変えなくてはいけないとも思っていません。


ニセ科学批判というものが盛り上がりを見せる中で、ニセ科学のみならず、オカルトやスピリチュアルなどに否定的な人まで参加して、"ニセ科学やオカルトを信じている人"への批判、さらには批判とよべないような"叩き"が増えているように思います。
それがあまりに攻撃的だったりすると、正直、見ていてうんざりしてしまうこともあります。

ニセ科学への批判の重要性は理解しているつもりです。

その上で、改めてお聞きいたします。

「ニセ科学を信じること」や「ニセ科学を信じることや、ニセ科学を信じている人を『まぁ、害がないなら良いんじゃないの』と許容すること」それらは許してはならないことなのでしょうか?

【続き】自分が誰を批判しているのかを見失ってはいけないね。

7 コメント:

apj さんのコメント...

>「ニセ科学を信じること」や「ニセ科学を信じることや、ニセ科学を信じている人を『まぁ、害がないなら良いんじゃないの』と許容すること」それらは許してはならないことなのでしょうか?

 ニセ科学の害は、偽札の害とか、ニセブランド品流通の害と同種のものです。
 「信じる」が、完全に内心のみに止まるのであれば、害は、ほとんどその人個人のものとなります。しかし、誰かに伝えるということがあれば、偽札を作って流通させるとか、ニセブランド品を作って売るという行為と同種の害を発生させることになります。
 「害が無いなら」という前提条件は、ニセ科学を信じることが内心のみで行われる場合に限って成り立ちます。この場合は、その人がニセ科学を信じているかどうかは、そもそも他の人からはわからないでしょうから、結果として批判の対象にはなりません。
 ニセ科学を他人に伝えた時点で、偽札やニセブランド品を流したというのと同じことになります。普通に考えて、許すとかなりまずいことになりそうですけど。

Shim さんのコメント...

>apj さん


▼▼▼引用▼▼▼
 ニセ科学の害は、偽札の害とか、ニセブランド品流通の害と同種のものです。
 「信じる」が、完全に内心のみに止まるのであれば、害は、ほとんどその人個人のものとなります。しかし、誰かに伝えるということがあれば、偽札を作って流通させるとか、ニセブランド品を作って売るという行為と同種の害を発生させることになります。
 「害が無いなら」という前提条件は、ニセ科学を信じることが内心のみで行われる場合に限って成り立ちます。この場合は、その人がニセ科学を信じているかどうかは、そもそも他の人からはわからないでしょうから、結果として批判の対象にはなりません。
 ニセ科学を他人に伝えた時点で、偽札やニセブランド品を流したというのと同じことになります。普通に考えて、許すとかなりまずいことになりそうですけど。
▲▲引用終了▲▲

たとえば、私がかなりの目利きだったとしても、偽物を掲げて「みてみて、プラダの鞄買ったの」と語りかけてくる友人に「それ偽物だよ。そういう偽物がはびこることで、本物のプラダがどれほどの損害を受けているか考えてみたことある?」と問い詰めたりはしないわけです。

もちろん、「最近、プラダの偽物が多く流通しています」と周知することは大切なことだろうなとは思うのですけど。

目の前で喜んでいる人に「それ偽物だよ」って言うことにどれほどの意味があるのかなぁ、っていうかそれって偽物持っている人には必ず言わなきゃいけない事なの? というのが私の疑問です。

ニセ科学と私。
http://lifecrack.blogspot.com/2008/11/blog-post_1240.html

上記のエントリーでも書きましたが私の周囲にはニセ科学に嵌る人も、それを私に勧めてくる人も結構沢山います。

私は"ニセ科学を信じている人"に出会っても、「まぁ、別にいいじゃないかなぁ」と思う訳ですが、それはそんなにいけないことなんでしょうか。

菊池誠氏の主張。 さんのコメント...

103. DD — November 20, 2008 @07:56:38

きくちさん:
> サイエンス・フィクションをニセ科学だなどと呼ぶ人は、何もわかっていないのです。
> 疑似科学ではありますけど。

適当なときに、【疑似科学とニセ科学の違い】をじっくりと説明をお聞かせくださいね。
大事なところ、のようですから。お願いします。

http://s04.megalodon.jp/2008-1120-2131-16/www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1172620744

apj_yamagata さんのコメント...

水伝をネタにした道徳授業をニセ科学だなどと呼ぶ人は、何もわかっていないのです。
疑似科学ではありますけど。

きくち November 19, 2008 @23:53:38

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ニセ科学批判が専門的って言うのなら、そろそろ(研究費でも取って)
水伝、血液型診断、マイナスイオン辺りについて

1:こんな話を知っています(聞いた)ことがありますか?
2:この話を科学的だと思いますか?
3:事実だと思いますか?
4:この話は好きです(良いと思います)か?

くらいの調査はすべきなんではないのかねえ。

個人的には
1:○、2:×、3:×、4:○。

Shim さんのコメント...

えぇと、これって私へのコメントでしょうか?

流れがまったく掴めないのですが。

TAKESAN さんのコメント...

今晩は。

上に意味不明のコメントが並んでいますが、これは、「ふま」、「比ヤング」と呼ばれる人間の仕業だと思います。

その人が何をしてきたかは、
http://gallerytondemo.blog.shinobi.jp/Entry/68/
こちらに詳しく書いてありますので、ご参照下さい。
たとえば、「apj_yamagata」は、apjさん(天羽優子さん)の名を騙ったものです。

ニセ科学に関するブログ等に無差別に意味不明コメントを投げて管理者を混乱させるのがパターンなので、完全無視もしくは即刻削除をすべきと思います。

Shim さんのコメント...

>TAKESAN さん

なるほど、世の中にはいろんな人が居るものですね。
ウチのような一日10人見ているかどうかの弱小ブログにまでよくもまぁ……ご苦労なことです。

とりあえず、一連のものは残しておいて、今後は削除しようかと思います。

教えてくださってありがとうございました。